オトギリソウ Hypericum erectum

オトギリソウ Hypericum erectumオトギリソウ科 オトギリソウ属
多年草 花期:8ー9月)

 日本全土のよく日の当たる山や野原で普通に見られる薬草です。オトギリソウの名前の由来は「弟切り草」で、鷹の傷を治す秘薬として使われていたこの薬草の秘密を、他人に漏らしてしまった弟を、兄が怒って切り殺してしまったという平安時代の伝説に基づいて名前が付けられたといいます。

この秘伝薬のことを子供のころ”富山の薬屋さん”から聞いたのを、私はおぼろげに思い出します。

昭和14〜15年ころのこと、”富山の薬屋さん”は、冬が近づくと草履履きで、紺色の風呂敷に包んだ大きな荷物を背中いっぱいに背負って、背中をこごめながらやって来ます(今では軽自動車で来る家庭常備薬屋さん)。上がりかまちの座敷に降ろす風呂敷の中には、草の茎のようなものでできた行李(コウリ=ボックス)が、大きなものから順番に上になるほど小さく組み入れられて、いくつも重なっています。一番上だけに蓋があって、蓋を取ると中に四角い紙風船が沢山入っています。私たちのような子供がいると、その折りたためられた紙風船を一人に2〜3枚ずつくれます。しばらくの間、それが私の宝物になります。

おとぎ話の絵本に出てくる”優しい良いおじいさん”そっくりで、来るたびにニコニコしながら色々な話を聞かせてくれます。

行李は次々に並びます。母が、神棚の下の壁に掛けておいた大きな紙袋を薬屋さんに渡します。袋の口を広げて逆さにすると、前の年に入れておいた薬が出ますが、子供心に、「あれ?...ずいぶん少ないな?」と感じるのが毎回です。

畳の上に出された薬は、

名刺くらいの小袋、その表面には着物姿で丸い大きなお腹を着物から突き出した耳たぶの大きな丸顔のおじいさんが座っていて、その上に”赤玉はらぐすり”と書いてあります。

  • すごく小さなガラス管(直径3ミリくらい)にコルク栓をした”救命玉”
  • 黄色で大きな粒の”毒けし”
  • ハッカの香りの強い”メンタム”
  • 小さな缶の上蓋を取って中蓋を上から指で押すと、その一部の小さな穴から黄色の軟膏が押し出される”オゾ”
  • 二つ折りにされたハガキ大の和紙の中に真黒な薬が塗り付けられた”あかぎれ膏薬”
  • それに、真黒な薬だけが竹の皮に押しつぶされたように包まれた固い”あかぎれ膏”

などなど。
いつもこの膏薬で、片隅に太い吊し紐の付いた大きな薬袋は丸々とふくらんで、壁に掛けておかれます。

 ここ桐生地方は、全国一の冷たい乾燥した風が烈風のように吹き荒れ狂う”からっ風”の産地です。”からっ風”は皮膚を切り裂き抜け、痛烈に痛むこの切れ口に貼るのが”あかぎれ膏薬”で、この土地の必需品でした。

「秘薬のあかぎれ膏の原料にオトギリソウが使われる。オトギリソウを薬壷に入れて、壷を火で熱して中のオトギリソウを炭のようにしたあと、粉末にし、松脂と練って混ぜ合わせると膏薬ができるのだよ。」と、身振り手振りも大きく”富山の薬屋ん”は得意気に話してくれます。そしていつも最後に竹の皮に包まれた膏薬を取り出して、今は亡き母の手のひらの深く切れ込んだ”あかぎれ”に、焼き火箸を膏薬に当てながら溶かし込みます。また、指などの小さな”ひび割れ”には和紙でできた膏薬の方を傷の大きさに合わせてちぎり取って貼り付けます。

現在では見られなくなった光景、オトギリソウにまつわる昔物語でした。