イワタバコ Conandron ramondioides

イワタバコ Conandron ramondioidesイワタバコ科 イワタバコ属
花期:7−8月

春の早く訪れる里の野の草摘みを楽しんでいるうちに、春は高い山へと走り登って、山々を新緑に衣替えさせ、また、山々の幸を実らせてゆきました。

新緑に映える山膚をやわらかくゆらす薫風は、私達を山へと誘いかけます。この時期を待ちかね、薫風にさそわれて、沢沿いの山道をいくと、際立った岩場につきあたり、やまみちは右に直角に曲がり急こうばいに下がりながら、細まった沢を横切ります。

沢水は2メートルくらいの滝となって、こつこつと突き出た岩角に当たりながら流れ落ち、小さなしぶきをあげて、弓なりにえぐるように切り立った両側の岸壁を湿らせています。

その湿った岸壁の、ごく小さな岩の割れ目に、また、ちょっと突き出た岩角の上に、イワタバコが糸のような細いひげ根を密にかためて、かたい岩に食い入るかのように、力強く着生してみづみづした大きなやわらかい葉を数枚垂れ下げています。

このイワタバコは、低山地帯から千メートルくらいの谷間や湿った岸壁=岩場、などの日陰に、ときには沢淵の日の当たる岩肌などに着生し群生している多年生草です。

葉は根生しl0センチから40センチくらいで普通卵形、ときには心形となり、先端が尾状に長く伸び鋭いものや、葉茎に翼状となって基部(根)に向かって細まるものなど変化に富んでいて、やや肉質でつやがあります。

芽生えのころは、シワクチャな緑色のかたまりのように萌出て、タバコの葉のように大きくなっても、ところどころにそのシワがチリメン状に残るものもあります。

8月ころに10センチくらいに伸び立った花茎の先に、紅紫色の小さな五弁花を散形花序または複散形花序に咲かせ、この花茎も一株から一本のものや数本伸び立つものもありますが、二本のものが多いようです。冬には葉は枯れて、密に生じた堅いひげ根で、氷つく岸壁で越冬します。

美しい可憐な花は観賞価値の高い植物ですが、ここぞときめたところでは力強く剛健に生育します。でも繁殖力に乏しいので、大きな葉だけを摘みとり、根株は大事にそっとして置いて下さい。

待ちかね草

このイワタバコは、山地では古くからイワナ=(岩の菜)とよび山菜として利用されてきましたが、産地(土地)または、時期によって、ほろ苦味に強弱があり、大きな葉はタバコに似て苦味もタバコを思わせます。

ある日、このイワタバコを遊びに干して煙草として吸ってみみましたが、なかなかの味でした。また、土地の老人からこのイワナをマチカネソウ=待ちかね草=とよぶのだ、と聞かされたことがあります。マチカネソウとは山地の春は遅く、このイワナ摘みが出来るころでないと、本当の春がこないので、早く本番の春が来るようにと待ちかねて、付けられた名だそうですが、土地の言葉は、ナマリがありマヅガネソウと聞きとれます。

ある本にこのイワタバコをマツガネソウとよぶと書かれていましたが、何か=マチカネソウ=マヅガネソウ=マツガネソウと聞きとられたのでしょうか。

* 料理と性質 *

ほろ苦味のある山菜ですが、食べかたによって珍味として味わえ、植物の苦みは健胃整腸作用がありますから、ときには大事に味わって下さい。

摘み取った葉をさっとゆでて十分冷水でさらしますと、苦味はだいたい取れます。のちに小間切りにして、いろいろの合え物にします。酢みそあえ、ゴマみそあえなど。

生の葉をそのまま天ぷらにすると、苦味も消え、季節を感じる珍菜が味わえます。

このイワタバコは料理にも生育にも指向性強いので、料理は特にみそと酢を十分に用いて味つけすると良く、採取するときは葉だけを摘み取り、根株は大事にそのままにして置いて、次の季節を待ちかねて楽しんで下さい。